Doc:Radiation/Cancer
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文責: 有田正規 (東大・理・生物化学) 質問、コメント、誤り指摘、リクエスト等は arita@bi.s.u-tokyo.ac.jpまで
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放射線と人体への影響
- まとめ
- 100 mSv 以下の被曝は、健康に影響があるか科学的に示すことは難しい (影響が無いわけではない)
- 持続的に 50-100 mSv 浴びるとリスクが増えるという研究もある[1]
- 100 mSv 以下の被曝に対する癌死亡リスクは推定値
- 100 mSv の被曝に比較すると、受動喫煙や野菜不足、運動不足、過度の飲酒のリスクのほうが大きい
- 年間 1 mSv という国際基準は被曝量をできる限り減らすための指針で、これを超えたら健康に影響があるという指針ではない
線量限度の意味
(知恵蔵2011の要約)
個人が受ける放射線量をできるだけ抑えるために設定された値をいいます。国際放射線防護委員会(ICRP)が、主として広島、長崎の原爆被爆者のデータを解析して勧告の形で発表している値は、一般人について年間 1 mSv (ミリシーベルト)、放射線作業従事者には5年間の年平均で 20 mSv (ただしどの年も 50 mSv を超えない)です。ただし自然界から普通にうける放射線、レントゲン等の医療放射線は除外します。これは「合理的に達成できる限り(被曝の量を)制限する」という方針に基づいて決められた値です。
(知恵蔵ここまで)
線量限度を決めているICRP, ECRRとは
国際放射線防護委員会(ICRP)は民間の国際学術組織、いわゆる科学者・研究者が組織する非営利団体です。これに対し、被曝許容限度をずっと厳しい年間 0.1 mSv とする欧州放射線リスク委員会(ECRR)はベルギーに本部を置く市民団体です。科学担当委員を務めるのはクリストファー・バズビー教授です。
本サイトでは、ECRRが研究者により構成される団体ではないこと、またバズビー教授が日本の子供を守ると称して法外に高価なサプリメント等をウェブを通じて販売していること(ここ)から、ECRRの主張や基準はお伝えしないことにしています。
原爆被爆者データでも 100 mSv は健康被害を見いだせない
原爆被爆者の健康調査では 100 mSv 以下の被曝では発ガンリスクが 0 (どの程度増えるのか、科学的に見積もれない)とされています。放射線は一度に浴びるほうが影響がおおきいため、年間 100 mSv という基準は余裕をもたせた見積もりです。年間 1 mSv という基準は、80年間 1 mSv ずつ被曝しても 100 mSv に満たない値として設定されています。この値は実際には世界の各所で自然にあびる放射線の相違よりも小さい値になります。1 mSv という線量の根拠など、詳しくは国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告をご覧ください。
ただし、最近の研究[1]をみると、一回に浴びる量として 10-50 mSv, 持続的に 50-100 mSv を浴びていると少ないですがリスク上昇が認められます。浴びないに越したことはないでしょう。
低いシーベルト数におけるリスクは発がんではなくガン死亡
新聞などの報道では、ほとんどの場合、200 mSv を浴びるとがんになるリスクが 1% 程度上昇とあります。このリスクは、1 Sv 被曝した場合のガン死亡率が5%上昇という統計データから、リスクを原点を通る直線と仮定して導き出した値です[2]。実際には、統計処理で1%のリスクを正確に見積もることは困難です。被曝者のデータはそう多くなく、生活スタイル等、他の要因で発ガン率は簡単に変わりうるからです。年間 20 mSv に達する地域で避難勧告が出ましたが、これはその値だけをもとに避難するわけではなく、身のまわりのあらゆるところに放射線が遍在する状況の指針として出されている値と考えるべきでしょう。
主要な線量の比較
- 1 mSv / year 国際放射線防護委員会が勧告する限度 (自然放射線、医療放射線を除く)
- 1.4 mSv / year 自然界から受ける放射線量の日本平均
- 2.4 mSv / year 自然界から受ける放射線量の世界平均 (1988年国連科学委員会報告)[3]
- 6.9 mSv 1回の胸部CTスキャンで浴びる量[4]
- 50 mSv 一度に浴びたときリスクの増加が統計的に検知できる下限
- 100 mSv 持続して浴びたときリスクの増加が統計的に検知できる下限
- 100 mSv 国立がん研究センターの発表[5]でガン死亡リスクの増加が 0 とされる線量
- 200 mSv 短期間に浴びると一部の人にがんが発生する可能性があるとされる値
- 260 mSv / year 自然放射線量が多いとされるイラン・ラムサール地域の線量最高値[6]
(ただしウェブサイト[7]に記載された平均値は 10 mSv / year) - 1 Sv 血液・骨髄障害などが確実にでてくる
学校活動基準年間 20 mSv は妥当か?
上記のように健康被害が見出されていない現在、年間 20 mSv という量が高いか低いかという議論に科学的に十分な裏づけはできません。データが無いため、妥当性を議論できないという状態です。
汚染地域における校庭では、毎時 1 µSv 程度の放射線は普通に観測されているようです。これが年間どれくらいの量になるか考えてみましょう。部活動に専念し、校庭にいる時間数を毎週40時間と計算します。(建物内にいる場合、放射線の影響はありません。)すると1年間で 2 mSv になります。
1 × 40 × 52 = 2080 µSv = 2.08 mSv
この値は、自然界から受ける放射線量の世界平均 (2.4 mSv) より少し低い程度です。日本は世界平均より低い年間 1.4 mSv 程度ですが、「校庭で毎時 1 µSv 」を大雑把に言うと(これまでの自然放射線量にプラスして)自然界から受ける放射線量の世界平均値をさらに浴びる程度です。
この量から考えると、校庭で毎時 3~4 µSv 程度までは仕方ないと思えてきます。例えばこれまでの新聞報道で、1回の胸部CTスキャンで浴びる量は 6.9 mSv とされていました。原発事故の後なので、通常生活を送るために1年間に胸部CTスキャンを1回受ける程度は仕方ないという考え方です。
- 考えの目安
- 毎時 3~4 マイクロシーベルト ... 毎週40時間を1年間 (2000時間) いると、CTスキャン一回分
- 毎時 10 マイクロシーベルト ... 毎週40時間を1年間 (2000時間) いると、学校活動基準年間 20 ミリシーベルト
20 mSv という値は世の中では大きく反発されているようですが、不適切な値では無いと思います。ただ基準値自体はあくまで基準にすぎませんし、重要なのは基準を超えた場合の対処についての建設的な議論でしょう。登校停止を望むのか、体育や部活動禁止を基準値以下になるまで続けるのか、各学校において合意形成をしておかなくてはなりません。例えば、来年度以降 20 mSv から 10, 5 と段階的に下げていくのも良い方法ではないでしょうか。
放射線と妊娠、胎児、子供について
主に医療放射線を主眼としたICRPの勧告があります。その情報、子供におけるセシウム蓄積量などをまとめたページを参考にしてください。
チェルノブイリ事故における基準
チェルノブイリ事故がおきた1986年にロシアの保健省がとった線量制限は
- 初年度(26 April 1986–26 April 1987) 100 mSv
- 1987年 30 mSv
- 1988, 1999年 25 mSv
というものです[8]。 また1990年1月までの総放射線量が 173 mSv を超えないことも決められました。
喫煙と放射線
放射線をできる限り浴びないように努力している人が多いかもしれませんが、発がんリスクに関してずっと気を付けるべき要因の一つにタバコがあります。がんリスクという観点で情報を集めてみました。
- まとめ
- 受動喫煙の状態にあることは、短期間に 200 mSv 浴びるよりもリスクが大きい
- 毎日タバコを一箱吸う人の肺がん発症率は、原爆で 6 Sv 被曝した場合と同じ (明らかに大げさな値で、 6 Sv浴びた場合は他の様々な原因で死亡すると思われます)
発がんのリスク比較
- 1倍 広島・長崎の被曝者データでは、200 mSv以下で明らかなリスクの増加がない
- 1.16倍 受動喫煙による肺がんの死亡率[9]
- 1.25倍 受動喫煙による心筋梗塞、狭心症の死亡率[10]
- 1.6倍 広島・長崎の被曝者データで、非被曝者を1として 1 Sv = 1000 mSv 浴びた時に発がんする倍率[11]
- 7倍 非喫煙者を1として26歳以降から喫煙している人が肺がんで死亡する確率[12]
- 15倍 非喫煙者を1として16-25歳から喫煙している人が肺がんで死亡する確率
- 30倍 非喫煙者を1として15歳以下から喫煙している人が肺がんで死亡する確率
ここに挙げたのは異なるサイトから集めた大雑把な値です。詳しくは厚生労働科学研究班の放射線リスクのページをご覧ください。以下の表があります。
肺がんの相対危険 | 一日喫煙本数 | 原爆被爆者[Sv] | ラドン[Bq/m3] |
---|---|---|---|
1.0 | 0 | 10 | < 40 |
4.6 | 1-9 | 3.4 | 4,500 |
7.5 | 10-19 | 6.1 | 8,100 |
13.1 | 20-39 | (11.4) | (15,000) |
16.6 | 40+ | (14.1) | (19,600) |
表中で()であらわされているのは、実際のデータが無いために推定された値です。 6.1 Sv の被曝は半数が死亡するほど強いはずですが、タバコを毎日1箱吸い続けても半数も死亡しません。上の表は肺がんの発症率のみに限ってリスク比較をした例でしょう(つまり 6.1 Sv 浴びたときは肺がん以外のさまざまな原因で死亡し、そのうち肺がんを発症する率がタバコ1箱と同等)。
とはいえ、肺がんは日本のがん死の2割を占め、男性のがん死中で最多です。がん死は死亡原因の35%を占めるので、全死亡数のおおよそ7%が肺がん死になります。また50歳代の発症が最多です。成人の喫煙率が、どの年に生まれても50歳代をピークとして60歳代以降は減少することをみても[13]喫煙と肺がんは無関係ではないでしょう。
日本たばこや多くのウェブサイトで、喫煙率とがん死亡率が相関しない という事実が述べられていますが、肺がん死亡率は生まれた年代により異なり[14]、単純な議論は成り立たないと思われます。
- 参考資料
- ↑ 1.0 1.1 Brenner DJ et al. (2003) "Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: assessing what we really know" Proc Natl Acad Sci U S A. 100(24):13761-6 PMID 14610281
- ↑ 1990年の国際放射線防護委員会ICRPによる「1シーベルトの放射線を浴びるとガン死亡率が5%増える。」という統計値から比例計算しているようです。ちなみに、放射線を全く浴びなくても日本人男性は4人に1人、女性は6人に1人ががんで死亡します。最新がん統計(がんを見て何が原因かを調べることはできません。)男性1000人のうち400人がガン死しているところに 1 Sv を浴びると 420人 の死亡者数になります。
- ↑ この値を普通に生活して浴びる自然放射線量とする報道が多いようです。日本ではもっと低くなります。
- ↑ 例えば3月14日の読売新聞医療ニュース「放射線の政府指針」に胸部CTスキャン 6.9 mSvとありますが、放射線と妊娠の項にあるデータによると最大1mSv程度です。腰椎や腹がそれぞれ8.6, 49 mSvとなっています。
- ↑ 国立がん研究センターのホームページに資料があります。
- ↑ サイエンス誌の記事 には線量が260 mグレイ/年とあります。ラムサール地域の人に発ガン率が高いことは全くなく、むしろ健康であることをradiation paradoxとして紹介しています。グレイからシーベルトへの換算には、放射線がベータ線であるとしました。英語版ウィキペディアを含む多くのウェブサイトでインドのラムサール地方の年間放射線量が 260 mSv/year と記述されています。正確には mGray ですが特に問題はありません。以下に記す Sv と Gy の関係を御覧ください。
- ↑ 公益財団法人体質研究会が公開する世界の高自然放射線地域の健康調査には詳しい情報が記載されています。放射線量が年間平均 3.5 (報告された最高値5.4) mSv の中国・陽江、3.8 (最高35) mSv のインド・ケララ地方、10.2 (最高260) mSv のイラン・ラムサール地方における疫学調査で発がん率の増加が認められないことも記されています。
- ↑ IAEA. International Atomic Energy Agency. The International Chernobyl Project. Assessment of radiological consequences and evaluation of protective measures. Report by an International Advisory Committee. Vienna, IAEA; 1991
- ↑ 日本医師会によるたばことがんホームページより。
- ↑ 日本医師会によるたばことがんホームページより。
- ↑ 国立がん研究センターの資料による。これは1回の瞬時被曝による線量のため、1年間で 1000 mSv といった累積線量の場合は発がん倍率は更に下がります。
- ↑ これも日本医師会によるたばことがんホームページより。
- ↑ 厚生労働省の喫煙率データ
- ↑ 国立がん研究センターのがん情報サービス