Doc:Radiation/Basic
もくじ | 基礎知識 | 自然放射線 | 人体への影響 | 胎児と子供 | ファイトレメディエーション | 土壌汚染 | 移行係数 | 食品汚染 | 家畜汚染 | Q&A とリンク |
文責: 有田正規 (東大・理・生物化学) 質問、コメント、誤り指摘、リクエスト等は arita@bi.s.u-tokyo.ac.jpまで
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放射線の単位
ベクレル, キュリーは線量の単位、 グレイ, シーベルトは被曝量の単位
放射性物質が放射線を出す能力をベクレル (Bq) または キュリー (Ci) であらわします。それら放射線の吸収度合いを表す単位がグレイ (Gy), 特に人体への影響度合いをあらわすのがシーベルト (Sv) です。ベクレルの詳細についてはウィキペディアを参考にしてください。キュリーは扱う線量が大きいので人体への影響を扱う際には使われません。
- 定義 1キュリー (Ci) = 3.7×1010 ベクレル (Bq)
グレイやシーベルトは人体への影響度合い(吸収される線量)なので、物理的に正確に計測することは難しいと思われます。グレイは吸収線量(放射線が何個吸収されたか)という量で、それに放射線の種類によって異なる係数を掛けたもの(線量当量と呼ぶ)がシーベルトです。ここでの係数は、X線, β線, γ線の場合 1 ですから、これらを出すセシウムやヨウ素については グレイ = シーベルト と考えて問題ないでしょう。
- X線, β線, γ線に限り 1グレイ (Gy) = 1 シーベルト (Sv)
ベクレルからシーベルトへの換算
ベクレルからシーベルトへの換算は放射性物質毎に異なります。以下の表は原子力資料情報室から作成しました。
記号 | 名前 | 半減期 | 生物学的半減期 (ヒト) | 解説 | 吸入摂取した場合の実効線量係数(mSv/Bq) | 経口摂取した場合の実効線量係数 (mSv/Bq) |
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137Cs | セシウム-137 | 30.1年 | 約 100 日 | セシウムの代表的な放射性同位体。ベータ線を出してバリウム-137に、これが更にガンマ線を出して崩壊します。 | 6.7×10-6 | 1.3×10-5 |
90Sr | ストロンチウム-90 | 29.1年 | 約 50 年 | ベータ線を放出してイットリウム-90、更にベータ線を放出してジルコニウム-90になります。 | 7.7×10-5 (チタン酸ストロンチウムの場合) 3.0×10-5 (それ以外) |
2.7×10-6 (チタン酸ストロンチウムの場合) 2.8×10-5 (それ以外) |
131I | ヨウ素-131 | 8.04日 | 甲状腺 約120日 その他 約12日 |
ベータ線を放出してキセノン-131となり、ガンマ線も出します。 | 1.1×10-5 (ヨウ素化メチル以外) | 2.2×10-5 (ヨウ素化メチル以外) |
3H | トリチウム | 12.3年 | ? | 非常に低いエネルギーのベータ線を放出して、ヘリウム-3となる。 | 1.8×10-12 (水素ガス) | 1.8×10-8 (水) |
40K | カリウム-40 | 12.8億年 | 約 30 日 | 天然に存在する放射能で、内部被曝による線量も大きい。半減期も非常に長い。 | 3.0×10-6 | 6.2×10-6 |
以下の画像はICRPから引用された表です。セシウム-137の成人部分は明らかな記述ミスで 1.3 x 10-5が正確な値です。 幼児や少年に対する影響(シーベルト数)が成人より低いのは正しく、子供のほうがセシウムの循環が早いことが影響しています。
半減期と生物学的半減期
物理的半減期とは、放射性核種がβ線などを出して崩壊し、もとの量の 1/2 になるまでの時間を意味します。
生物学的半減期とは、放射性核種であるかに関係なく、その元素が体内に取り込まれた際にどの程度の日数で半分入れ替わるかという時間です。微妙に異なる値が出回っていますが、このページの値は原子力資料情報室から取っています。
たとえばヨウ素-131 は 8 日毎に放射線の影響が 1/2 に減っていくので、物理的半減期が重要になります。甲状腺には 120 日残りますが、そこにおける放射線量は減少していきます。 逆にストロンチウム-90 は生物学的半減期も物理的半減期も長く、取り込まれると多くが体内に残って放射線を出し続けます。ヒトの場合、セシウム-137 はおよそ 3 ヶ月で体内の半分が入れ替わります[1]家畜の場合も同じです。セシウム-137 を摂取した家畜から放射線を取り除くには、汚染されていない餌を数ヶ月食べさせれば半減します。(家畜の生物学的半減期はヒトと異なります。家畜の汚染項を参考にしてください。)
ラド, レムは古い単位系
1989年以前は、放射線の総量をラド (rad)、人体への影響度をレム (rem) で測っていました。
- 定義 1グレイ = 100 ラド
- 定義 1シーベルト = 100 レム
1 ラドは 10 ミリグレイ、1 レムは 10 ミリシーベルトです。
放射線核種
放出されるのは放射性ヨウ素やセシウムだけではない
原子炉内にはヨウ素-131やセシウム-137 (137Cs)、セシウム-134 (134Cs) だけでなく、ストロンチウム-90 (90Sr)、プルトニウム-238/239/240/241/242、ウラン-234/235/237/238、などもあります。
しかしチェルノブイリ原発事故で明らかになったのは、炉外に多く放出され大気中に拡散して問題になるのは主に 137Cs, 90Sr という事実です。しかも原子力資料情報室の資料によると、原子炉の近隣で Sr/Cs 比は高々 0.1 程度、離れたところでは 0.002 ∼ 0.02 とあります[2]。 ヨウ素-131は半減期が約8日と短いため、事故後数カ月たてば影響を殆ど考慮しなくてよくなります (単純計算で三カ月たつと1/1000以下に減少)。同様に、大気に乗って分散しているものの比較的半減期が短い核種にストロンチウム-91 (91Sr: 半減期 約9時間半)、銀-110m (110mAg: 半減期 約 30日)、ニオブ-95 (95Nb: 半減期 約35日) などがあります。
福島では半減期が長く極めて毒性の高いプルトニウムも検出されていますが、福島第1原発の敷地内に限られ極微量のため (4月26日現在)、結論として、137Cs が一番大きな問題です。6月13日には原発から数キロ離れた大熊町夫沢で、極微量のキュリウム242とアメリシウム241も検出されました(文部科学省発表)。
元素周期表を見るとわかるのですが、137Csはカリウムと同じ列、90Srはカルシウムと同じ列に属し、植物はそれぞれカリウム、カルシウムと間違えて吸収してしまいます。そのため原発事故後に重要になのは、これらを生態系に入り込ませないようにする、さらには回収する作業になります。
ストロンチウム-90, 89の計測はなぜ遅い?
6月12日の東京電力発表によると、5月18日に採取した1号機付近の地下水から
- 89Sr 78 Bq/l, 90Sr 22 Bq/l
2号機付近の地下水から
- 89Sr 19,000 Bq/l, 90Sr 6300 Bq/l
が検出されました。これは大変大きな値です。5月16日、1-4号機取水口の近くでも基準の濃度限度の26-53倍を検出となっています。セシウムに比較すると値が小さく思えますが、人体への影響はセシウムよりも大きくなります。 ストロンチウムはセシウムに比較して土壌表面にとどまりにくく、カルシウムとほぼ同じ経路で食物連鎖系に混入します。
ストロンチウムの濃度は、セシウムやヨウ素に比較してほとんど公表されません。131I や 137Cs はベータ線を出すのと同時にガンマ線を放出する核種です。それに対して、90Sr はガンマ線を放出しません。放射線から核種を推定する際には、ガンマ線のエネルギー(核種それぞれが異なる値を持つ)を利用するため、放射性セシウムやヨウ素と異なり、放射性ストロンチウムはその量を簡単に測れません。 直接測るのではなく、精製してから 2 週間ほど放置して生成するイットリウム-90を計測してその量を割り出します。(日本分析センターによる測定法の紹介。) そのため、計測には時間がかかる上、手間が煩雑なために計測しにくいのです。
食品の基準値
- 2011年度
厚生労働省の定める肉・野菜の摂取制限指標は1kgあたりヨウ素-131なら2,000ベクレル、放射性セシウム(134Csと137Csの合計)なら500ベクレルでした。
- 2012年度
4月より新しい基準値
- 一般食品 100Bq/kg
- 乳児用食品 50Bq/kg
- 牛乳 50Bq/kg
- 飲料水 10Bq/kg
になります。詳しくは、本サイトの食品基準値の項をみてください。
環境
海水
高度に汚染された水が福島原発2号機のトンネルの立て坑に溜まっていることが報道されています (2011年3月30日朝 東京電力発表)。また低濃度の汚染水は海洋投棄されています (2011年4月4日夕 東京電力発表)。 報道における汚染度は1 cc (1 ml)のベクレル数で表記されています。この濃度の水が、どの程度あるのかを把握することが重要です。
- 今回の事故以外に、これまで廃棄された放射性物質
- 758 × 109 Bq / year フランスのラ・アーグ再処理工場からの2003年の排水中への放射性物質放出量[3]
- 252 × 1012 Bq 旧ソ連が1966年から1992年にかけて極東海域に廃棄した固体放射性廃棄物 (6,812 キュリー)[4]
- 455 × 1012 Bq 旧ソ連が1966年から1992年にかけて極東海域[5]に廃棄した液体放射性廃棄物 (12,337 キュリー)
- 8.5 × 1016 Bq チェルノブイリ原発事故で10日間に放出されたセシウム-137の量
- 13 × 1016 Bq 福島原発事故で放出されたヨウ素-131の量 (2011年4月13日発表)
- 176 × 1016 Bq チェルノブイリ原発事故で10日間に放出されたヨウ素-131の量
今回報道されている汚染水
- 2011年3月30日朝に発表された福島原発2号機立て坑の 1200 万ベクレルという値
- 12 × 106 Bq / 1cc = 12 × 1012 Bq / ton
発表は、1ccあたり690万ベクレルのヨウ素-131, 200万ベクレルのセシウム-134を含むとしています。もし汚染された水が 40 トン分あるとしたら、旧ソ連が25年間かけて極東海域に廃棄した液体放射性廃棄物の量に匹敵します。しかし、同じ放射線量は、フランスのラ・アーグ核燃料再処理工場で毎年排出されていたと考えることもできます。(現在の排出量はこれほど多くありません。)
- 2011年4月4日に福島原発6号機および1∼4号機より海洋廃棄された1.6 ∼ 20 ベクレルという値
発表は1ccあたり20ベクレルを1500トン、6.3ベクレルを1万トン放出とあります。 106 cc = 1 ton ですから、総量は
- 20 × 106 × 1500 + 6.3 × 106 × 104 = 9.3 × 1010 Bq
になります。今回放出した量は、現在のフランスのラ・アーグ核燃料再処理工場が2ヶ月弱かけて排出する量を5日間で沿岸部に放出することになります。(現在の再処理工場から排出される放射性廃棄物は多くがトリチウムのため、生態系への影響はずっと少なくなります。ただし80年代はベータ線やガンマ線を放出する元素を年間で1015ベクレル程度排出していたようです。)ウィキペディアにある六ヶ所村の再処理工場から排出される予定だった放射性物質のリストと量も参考にしてください。これは沖合いにおける年間排出予定量ですが、今回の廃棄量よりも多い量 (たとえばヨウ素-131だけでも17 × 1010 Bq) を継続的に排出予定しており、その生態系への影響を「なし」としていたことがわかります。
- 参考
- ↑ Uchiyama M (1978) Estimation of 137Cs Body Burden in Japanese II. The Biological Half-life J Rad Res 19(3), 246-261によると 3ヶ月&plusm;1ヶ月です。体重や国によっても異なります。
- ↑ 原子力資料情報室ストロンチウムを参照
- ↑ この値は原子力資料情報室に書かれていたもの。高度情報科学技術研究機構の原子力百科事典にある図によると、再処理工場からの放射性物質量はトリチウムだけで 8000 × 1012 Bq = 8000 TBq (テラベクレル) に読める。同再処理工場からの放出限度は、トリチウム37,000 TBq / year(現在は18,500 TBq)、β, γ 1,700 TBq / year(現在は30TBq)、α 1.7 TBq / year(現在は0.1TBq)とある。以前に比較して環境に影響の少ないトリチウム以外の海洋廃棄が、劇的に減っていることがわかる。
- ↑ 高度情報科学技術研究機構の原子力百科事典より
- ↑ 資料によると廃棄された放射能量が最も多いのが日本海であるが、健康被害はないとされている