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リスク比較という考え方

(中目黒駅前保育園 夢列車号しゅっぱつ 平成24年1月1日第5号)

福島原発事故により日本中に撒き散らされた放射性物質は、数百年にわたって我々の生活に影響を与えます。放射線対策は数か月や数年の我慢ではなく、生涯、継続すべきものです。頑張って対策をしている人からは「そんなの無理」という声が聞こえてきそうです。放射線に関する様々な報道からは、とにかく“恐ろしい”、“避けるべき”ものに思われます。しかし実際のところ、不便な対策は継続できませんし、東京における放射線のリスクは他のリスクと比較して大きいともいえません。放射線をよりよく理解してもらうため、科学的な観点から説明したいと思います。

自然放射線量は地域によって大きく異なる

散らばったセシウムは食物連鎖に入り込むため、いくら気をつけても微量の摂取は避けられません。セシウムはカリウムと似た性質の元素です。植物や動物はカリウムと間違えて体内に取り込みます。カリウムは窒素・リン酸・カリと呼ばれる植物の三大栄養素の一つで、もともと1 g あたり30 ベクレルの放射線を出しています(ベクレルあたりのエネルギーはセシウムの半分)。年間約0.3 mSv [ミリシーベルト]ある、食品による放射線被ばくはカリウム由来です。今はそれにセシウムの放射線が加わったわけです。幸運なことにカリウムと同様、セシウムも排出されます。ですから東北産の食品だけを避けたり、水に晒してカリウムやセシウム量を減らす努力をしても見合った効果があるかは疑問です。食物連鎖を通じた汚染は全国的なものですし、カリウムの摂取が減れば体内に入ったセシウムの排出も遅れるからです。体内に入ったセシウムが半分排出されるまでの期間(生物学的半減期)は約3ヶ月と言われますが、人により±1ヶ月以上も異なります。これには食事や生活習慣が大きく影響します。バランス良い食事と運動を心がけて新陳代謝を促すことは、セシウムの排泄を促すことにつながります。 また、自然界にはカリウムだけでなくラドンなど様々な放射線源があります。日本の自然放射線は1 mSv程度と言われますが、関西は関東より1 mSv高くなります。世界平均は2.4 mSvと言われますが、家屋の気密性が高いフィンランドやスウェーデンでは、屋内ラドンのために年間 6~7 mSvも被ばくします。放射線量は国や地域で大きく異なります。

100-200 mSvの発がんリスクは運動不足や肥満より低く、野菜不足と同等

もう一つあまり知られていないのが、原爆被ばく者の追跡調査で100-200 mSvの放射線を瞬時に浴びた人の発がんリスクが、喫煙、大量飲酒 (アルコール450g/週)、やせ(BMI<19)、肥満(BMI>30)、運動不足(25-6METs/週)、高塩分食(干物43g/日)よりも低いという事実です[1]。詳しい資料は国立がんセンターのウェブサイトから得られます。100-200 mSvという値は発がんリスクを高めますが、野菜不足(110g/日)と同じレベルです。これを知ると、東京に住む人であれば、受動喫煙・運動不足・野菜不足のほうが喫緊の課題に思えてきます。精神的ストレスも健康に影響するでしょうから、ポジティブな思考で生活することも重要でしょう。

いま子供にとって重要なのは多品目からなる食事を心がけ、元気によく遊ぶことに思えます。11月上旬に、福島県郡山市の幼稚園児の体重増加率が昨年に比較して激減していることが報道されました。放射線による体重減少は考えにくいので、食事の変化・運動不足・精神的ストレス等が原因かもしれません。放射線は気になるでしょうが、むしろこうした二次的被害を引き起こさないように心がけるべきでしょう。

  1. 国立がんセンターの資料には発がんリスクとなっていますが、追跡調査の結果は 1 Sv 被曝すると 5% ガン死亡率が上昇するというデータです。放射線の影響がガン死亡率と正比例すると考えると、100 mSv の被曝で 0.5% 死亡率が上昇することになりますが、0.5% という値は小さいので統計的に明らかにできないのです。

放射線被害とどう向き合うか―保育の立場からみる基礎知識―(保育通信)

(保育通信4月, 684:25-27, 2012)

はじめに

福島の原子力発電所事故から1年経ちましたが、放射能汚染のニュースは途絶えることがありません。いつになったら安心できるのでしょう。残念なことに、それは何百年も先になります。放射線被害の元凶であるセシウム137という物質は、1年経った今でも98%以上が残っています。放射線を出して分解し半分に減るまでに(半減期といいます)30年かかるとは、そういう意味です 。

学者の意見や報道をみていると、総量が100 mSv以下の放射線被曝なら健康に問題ないとする御用学者派と、政府の隠蔽体質に怒りながら年間 1 mSvでも危険だと訴える警鐘派に分かれるようです(mSvの意味はこれから説明します)。この解説を最後まで読んでいただくとわかるのですが、どちらが科学的に正しいかは検証できません。それなら警鐘派の意見がもっともだと思われるかもしれませんが、私には簡単にそう思えません。なぜなら、そうした意見が影響して被災地では様々な二次被害が起きているからです。例えば昨年11月には、福島県郡山市の幼稚園児の体重増加率が昨年比で4分の1程度に激減していることが報道されました。放射線による体重減少は考えにくいので、食事の変化・運動不足・精神的ストレス等が原因かもしれません。また、チェルノブイリ事故後にベラルーシで医療活動にあたり現在は長野県松本市長を務める菅谷明氏は、福島県で人工妊娠中絶が急増していることを訴えています。福島の中学生・高校生が自分たちの未来を案じる意見も報道を通して耳にします。いま東日本一帯を苛んでいるのは、経済はもちろん精神的被害ではないでしょうか。そうした状況下において、福島の作物を食べないほうが安全だとか、微量でも被曝は危険だと煽ることが的確な判断とは思えません。放射線ゼロを目指すことは悪いことではありませんが、それに足を取られて復興が遅れたり次世代の育成に影響が出るならば逆効果です。これに対して警鐘派の人たちはどう説明するのでしょうか。経済や心理学は専門外です、では済まないでしょう。次世代への影響を案じる観点から考えるべきことは、長期的にみて日本という国全体が(もちろん被災地を含めて)、放射線に影響されない生活をいかに確保するかです。いまは、放射線から身を守るために様々な対策を講じている人も多いと思います。しかし、まずは同じ努力を10年続けられるか考えてみて下さい。放射線がほとんど減衰しないことを考えると、続けられない対策に力を注いでも効果は薄いのです。ここでは御用派と警鐘派、両者の意見をよく理解するためにも、基礎知識からお伝えしたいと思います。

放射線の単位:ベクレルとシーベルト(またはグレイ)について

ベクレル (Bq) は放射性物質から飛び出す放射線の数という物理量なのに対し、シーベルト(Sv) やグレイは人体への影響を示す値です 。グレイはシーベルトとほぼ同じ意味なので、ここではシーベルトを用いて話を進めます。ベクレルは計測器で測れる値です。そのため食品 1 kgあたり何 Bq と表示されます。これに対してシーベルトは直接測れません。人体への影響度や健康度という概念は計測できないものです。そのため、シーベルト値はベクレル値から計算で求めます。その計算には体内における残留期間(生物学的半減期といいます)や臓器毎の影響を考えた複雑な数理モデルを使います。そうして得られる換算式が1 Bq = 1.3×10-5 mSv です。ここで、ミリシーベルト (mSv) とはシーベルトの1千分の1を意味します。この換算式は大人がそのベクレル数のセシウム137を長期間経口摂取しつづけた際に受ける影響をシーベルト表示したもので、幼児用の式は1 Bq = 9.7×10-6 mSv です 。シーベルトは健康の指標という点では曖昧なのですが、内部被曝と外部被曝の違い、臓器別の影響などを総合的に考慮してある便利な指標です。

御用派が使う 100 mSv という基準は、広島や長崎の原爆被爆者データにおいて 100 mSv 未満の被爆者におけるガン死亡率が非被爆者と区別できないというデータを根拠にしています。区別できないことと影響が無いことは別問題ですから、低線量被曝でも健康被害は出るという警鐘派の意見はもっともです。しかし、どのぐらい低い値なら安全かといわれても、誰にも答えられません。そもそも科学の対象は再現可能な事象に限られていますが、放射線事故は歴史的に数えるほどしか起きていません。同じ被曝量でも実際の影響は年齢によって違いますし、個人差もあります。例えば、セシウム137の生物学的半減期はおよそ3ヶ月と言われますが、人によって±1ヶ月も違います。これは同じベクレル数の食品を食べても人によって体内の残留期間(つまりシーベルト数)が倍近くも違うということです。

放射線ゼロはありえない:日本の自然放射線

被曝量が少ないほうが安心できるのは事実です。警鐘派がいう年間 1 mSv とは、どのようなレベルなのでしょうか。この値は、ICRP(国際放射線防護委員会)という民間の学術組織が「平常時に浴びてよい年間放射線量(ただし自然放射線を除く)」として定めました。一生浴び続けても 100 mSv に満たないように定められました。実は、日本で年間に浴びる自然放射線量の平均値も1から1.5 mSv です。このうち食品に含まれるカリウム等から受ける内部被曝が年間 0.3 mSv程度、残りが宇宙や大地からの外部被曝になります。自然放射線量は地域によって異なります。(地域毎の詳しい値は日本地質学会のウェブサイトで見ることができます 。)関西には毎時 0.1 μSvを超える地域もあり、年間になおすと関東より1 mSvほど高くなります。年間 1 mSvという値は関西と関東の差でもあるのです。これをベクレルに換算するとどれ位でしょうか。セシウム137における先ほどの換算式を用いると、一日あたり 210 Bqに相当します 。食品における放射線の基準値はこれまで 500 Bq/ kg でしたから、関西に住む人は、関東の人に比べ、基準値ぎりぎりの食品を毎日 400g 余計に食べているのと同じになります。(この値はシーベルトを用いているので、内部・外部被曝の差も計算に織り込んだ結果です。)警鐘派が年間許容量とする 1 mSv は、国内で関東から関西に引っ越すだけの差でもあるし、全ての野菜が基準値まで汚染された状況で一年間食べ続けた時の被曝量でもあるのです 。

世界の中でみると、日本は自然放射線が少ない国です。世界平均は 2.4 mSvと推定されており、東京に比べて年間 2 mSv 多くなります。地面から湧き出すラドンからの放射線が問題視されている北欧諸国では年間 6~7 mSvを超える地域もあります。時間あたりの放射線量でも、石畳や大理石の多いローマやパリは0.2~0.5 μSv です。

さらに、ブラジルのアレイアプレタ(黒砂)ビーチやオーストリアのバドガスタインのように、放射線による治療効果を謳った保養所・療養所は数多くあります。(国内でもラジウム温泉・ラドン温泉などの表示をよく見かけますね。)こうした地域は毎時10μSvを大きく超えますが、住人や従業員の健康被害は知られていません。それどころか、イランのラムサール地方のような高放射線地域において健康人が多い事実がパラドックスとして知られている位です 。ですから、年間1 mSv 以下を目指す活動を無駄とは言いませんが、達成できないからといって悲観することではないのです。あくまで個人の意見ですが、気にしないで暮らすほうがずっと体に良いと思います。

セシウムとカリウムは類似の元素

放射性セシウムは生態系にとって未知の人工元素であるため人体内に蓄積しうるという記述をみることがあります。これは誤りでしょう。もともと生物は元素とその放射性同位体を区別する手段をもちません。つまり、体内における放射性セシウムの挙動は通常のセシウムと同じです。放射性セシウムは冷戦時代の大気圏核実験で世界中に大量飛散していました。現在も核燃料再処理工場の排水に混じって大量に海洋放出されつづけています。しかしこれまで、人体内に蓄積された例は認められていません。(これに対し、放射性のストロンチウムは骨中に蓄積します。)もともとセシウムは毒性の元素であり、植物はセシウムを取り込まないようにできています。しかしカリウムに性質が似るため、カリウムを大量に必要とする場合には誤って吸収されます。間違い易さや毒性に対する強さは植物によって異なり、キノコ類やカラシナはセシウムを含む重金属を吸収しやすいことが知られています。基準値を超えてしまう食品でシイタケが目立つのはそのためです。

 カリウムは窒素・リン酸・カリと言われるように植物の三大栄養素の一つです。カリウムには天然の放射性同位体があり、カリウム1 gあたり31 Bq の放射線を必ず出しています 。これが原因で、カリウムを豊富に含む干し昆布は 2000 Bq/kg、ポテトチップや黒砂糖も 350 Bq/kg 程度の放射線を出しています。食品の放射線検査ではセシウム137による部分だけが発表されますが、食品にはもともとカリウム由来の放射線があるのです。

 食品中のセシウムやストロンチウムは皆さんがとりわけ気にする部分でしょう。これらを食品から除去する方法は、茹でこぼし等、カリウム除去食の手法と同じです。通常の食事でカリウムが不足することはありませんから、カリウム除去食の励行はセシウム摂取を防ぐ手段になりえます。しかし、体内のカリウム循環を促せばセシウムの排出も早まることも考えなくてはなりません。次回は、こうした基礎情報に基づき、保育園の現場で使える具体策について書きたいと思います。

放射線被害とどう向き合うか―保育の現場への提案―(保育通信)

(保育通信5月, 685:16-19, 2012)

今回は、保育園における放射線対策について提案したいと思います。私は放射線のプロではありませんが、生化学の知識と公開されている情報に基づき、また二人の幼児の父親としての判断も加えて、合理的に考えてみました。まず、世界各地の放射線量から紹介すると、香港やソウルの空間線量率は毎時0.1μSv(マイクロシーベルト)、ローマの空間線量率は 0.3μSvになります。ローマの値は現在の福島県相馬市など原発から30 km 付近と同等です 。高放射線地域といわれるラムサール(イラン)やガラパリ(ブラジル)になると毎時 1μSvを超えますが、福島県内でもこの値以上の地域は限られてきます。もちろん各地域の中でも場所による放射線量の違いは大きいので、自主的な計測は重要ですが、被災地以外の地域では大掛かりな対策をする必要は無いと考えられます。まして、放射線量を事故以前と同レベルにまで戻す必要はありません。

我々が使える経済的・時間的資源は限られています。簡単に線量を下げる方法がある場合は実施すべきですが、同じお金と時間を使うなら、例えば定期健診や健康指導のほうが生活の質を上げられるはずです。これは問題のすり換えではありません。今回の災害をきっかけにして、総合的な生活の質を上げるための最も有効な手段をとることが重要です。除染のコストは国が負担すべきだという意見も聞きますが、国が負担するということは官僚制度を通して経費を大幅に膨らませてから税金で回収する(将来のツケに回す)だけにすぎません。次世代を考える立場からは、決して薦められる選択肢ではないのです 。

まず測る、埋める、そして線量×時間で考える

放射線を正確に測定することは大変な作業です。計測の仕方や注意点について詳しく説明したウェブサイトを参考にして下さい。放射性セシウムは雨水が集まる雨樋の直下や排水溝などに蓄積しやすいことが知られています。こうした箇所で高い放射線が観測される場合は除染が必要です。具体的には、水を撒いて土が散らないようにしてから表土5 cmを除去します。セシウムはそれ以上深くに浸透しないので、深く掘り返さないほうがよいでしょう。また、除去した汚染土を土嚢に入れて積み上げる映像をよく見かけますが、いつ廃棄できるかわからない汚染土を地上に放置するメリットは少ないです。心理的にもよくありません。高木のない場所に深い穴を掘って埋めてはどうでしょうか。多くの草木は根を1mも下ろしません。セシウムは土壌に固定されるので地下水に混じることもありませんし 、30年経てば必ず半減します。その点では、地下深く浸透して水脈を汚染するカドミウムや鉛などの重金属、生分解されにくいPCBやダイオキシンよりも扱いやすいといえるでしょう。

コンクリート等に付着した汚染物質を除去できない場合、撤去するか近づかない工夫が必要です。鉄板等を上に敷くのも良いのですが、γ(ガンマ)線はそう簡単に遮蔽できません 。こうした場合、線量×時間で被曝量を計算して下さい。その場所にいる時間を短くすれば、被曝量を減らせます。しばしば砂場の危険性が指摘されていますが、これも遊ぶ総時間を考えましょう。例えば、線量が毎時 3μSvある砂場で毎週 21 時間遊んだときの年間被曝量は、0.003 × 365 × 3 = 3.3 mSv になります。この値は自然放射線量の世界平均を少々上回るため心配な人もいるでしょう。これを週 7 時間に減らすと 1.1 mSv ですから関東と関西の差になります。こうした基準作りは具体的な計測値をもとに各園での話し合いをお勧めします。

灰に気をつける、濃縮させない、畑にはカリウム

多くの植物はカリウムと間違えてセシウムを取り込みます。その取り込み率、つまり植物中のセシウム量と土壌中のセシウム量の比を移行係数といいます。コメの作付け問題が議論されたとき、イネの移行係数は最大で 0.1 と見積もられました 。これは非常に高い値です。雑草や芝生として身近なイネ科の植物は、貧栄養の土壌でも浅く密にひげ根を張って養分を吸収します。そのため、他の植物に比較してセシウムを蓄積しやすいのです。燃やして灰にすると重量にして1/15から1/20に減少するため、植物灰は高濃度のセシウムを含む可能性があります。このように、高い放射線量を持ちうる灰には特に注意が必要です。放射線量が高い地域では、落ち葉を燃やした焼却炉、枯れ草を燃やした焚き火の灰は畑に撒いたりゴミに混ぜたりせずに地中深く埋めるとよいでしょう 。缶などに保管する場合は、何十年経っても危険性をはっきり示せる工夫が必要です。

 福島の人達が土壌中のセシウムを完全に除去したい気持ちはわかりますが、現実には大変難しいと思われます。ヒマワリなどの植物を用いて放射性物質を回収しようとする試みもありましたが 、うまく回収できたとしても焼却・保管場所が問題になります。個人的には植物(乾燥体)をセシウム量にあわせた値段で国や地方自治体が買い取る制度を作れば良いと思います。そうすれば全ての田畑に作付けできますし市場原理を使って除染を進められるはずです。しかし瓦礫や下水処理後の汚泥を埋め立ててもらえる土地さえ見つからない現状では、実現は難しいでしょう。

ほとんどの野菜は地表から数十センチの土壌で育ちます。菜園や花壇を作る場合、土壌中の放射線量を減らすために深く耕してセシウムを散らしておきましょう。また、栽培する野菜等にセシウムを吸収させないようにカリウム肥料を多く撒きましょう。セシウムはもともと植物に有害な元素です。カリウムが豊富にあれば植物が間違えてセシウムを取り込む率も減少します。

正確に測る、カリウムを減らさない、選り好みしない

食品による内部被曝を気にする人は多いでしょう。4月からは基準値が100 Bq/kg に下がるので、1日の食事がすべて基準値ぎりぎりでも年間で 100 Bq × 2 kg × 365日 × 1.3 × 10-5 = 0.95 mSv となり、被曝量は小さいはずです。食育および被災地を応援する観点からは東北産の食材を積極的に利用したいものです 。もちろん測ることは大切です。しかし食品の放射線量を計測するには1回30分以上かかります。食材毎に線量を測るのは難しいでしょう。調理後のものを数日分まとめて測るのが現実的です 。

セシウムをとりわけ蓄積しやすい食材はキノコです。キノコは乾燥品を利用し、水で戻して汁を捨てればセシウム(およびカリウム)の8割以上を除去できます 。葉菜も茹でるだけでセシウム量が半減します。除去率およびその手法はカリウム除去のそれと同じで、基本は煮ることです(煮汁は捨てる)。ただし、セシウムを減らしたい一心でカリウムまで減らすことは薦められません。カリウム肥料を多くすれば植物がセシウムを取り込まないのと同じく、人間もカリウムを十分に摂取していればセシウムを吸収しにくいと考えられるからです。ホウレン草、パセリ、お茶など、基準値超で話題になった食材の殆どはカリウムが豊富です。そして実際に流通する食材の殆どはセシウムを含みません。報道されたからといって、こうした食材を避けないようにしてもらいたいです。全国の食品放射能検査結果については、(財)食品流通構造改善促進機構がYasaikensaというわかりやすいページを作成してくれています。

過度に期待しない、報道に左右されない、過剰反応しない

ばら撒かれた放射性物質はそう簡単に回収できません。最近はプルシアンブルー(フェロシアン化第二鉄)を用いた回収法などが宣伝されていますが、私にはアルカリや熱を加えると青酸(シアン)を出すような物質を用いる回収法が良い解決策だとは思えません。この手法でプールの水を1000万円かけて除染した作業が快挙のように報道されていましたが(2012年2月15日NHKクローズアップ現代「水と土を再生させろ ~新技術が除染を変える~」)、プールの水をそのまま海に運んでは駄目なのでしょうか 。そもそもプールとは比較にならない量の放射性物質が川から海に流れ込んでいますし、稼動予定だった青森県六ケ所村の核燃料再処理工場からはセシウム137を年間160億ベクレルも海洋放出する予定でした 。そうした事実を無視し、今の報道は、コストを度外視してでも全て回収することが善いという姿勢に映ります。そのせいで、優れた品質の食材を作る生産者ほど、セシウムが検出されるうちは出荷を自主規制したい気持ちに駆られてしまうことでしょう。しかし、入り込む放射性物質は食べつづけても国内の地域差程度の量なのです。少量の放射線によるデメリットを上回る品質を日本の生産者が自負できる社会づくりを目指すべきではないでしょうか。

最後になりますが、100~200 mSvの被曝による発がんリスクは野菜不足や受動喫煙、運動不足、過度の飲酒よりも少ないという認識は重要です 。また、早期発見すればガンは治せるという認識も重要です。身の回りから放射線を消したいという非現実的な望みにすがるより、多少の放射線があっても安心して充実した暮らしを過ごせる国にしたいものです。一番してはならないのは、外で遊ばせない、食事を制限する、被災地を差別するなど、子供の心に傷を残すような過剰反応にほかなりません。

カリウムとセシウム ―放射線対策で語られない関係―(生物工学)

(生物工学 90(7):450-451, 2012)

東京電力の原発事故以来、放射性セシウム (137Cs) の被害状況や除染対策が多く報道されています。しかし、報道やインターネットをみてもセシウムとカリウム(どちらも周期表の1族元素)との関係はあまり語られません。それどころか、放射性セシウムは生物にとって未知の人工元素のため体内に蓄積する等の誤った情報すらみられます。セシウムとカリウムの関係を知っておくと食品への混入プロセスや体内における挙動を理解しやすいため、生化学の観点から簡単に紹介します。植物を用いた汚染物質の回収(ファイトレメディエーション)やセシウムが人体に及ぼす影響などについては筆者のウェブサイト をご覧下さい。

はじめに、生物は元素の同位体をほとんど区別できないと考えられています。正確にいうと植物の光合成のように酵素反応の効率が同位体によって僅かに異なる場合もあるのですが、その違いは極小です。だからこそ科学研究で同位体ラベリングが使えるのです。つまり137Csの挙動は天然のセシウムとほぼ同じです。また、セシウムは植物にとって不必要かつ有毒な元素です。セシウムを積極的に取り込む植物はありません。しかしカリウムと誤って吸収され、その誤り率は植物によって異なります [1]。特に吸収量が多いことが知られるものにヒユ・アカザ科 (Amaranthaceae)、イネ科 (Poaceae)やキノコ類があります [1,2]。双子葉植物でもヒユ科やタデ科(Polygonaceae)など原始的な部類は分別能力が低いようです。放射線基準値を超えて出荷制限がかかった野菜類にもキノコ、ホウレン草(アカザ科)が多くみられます [3]。

セシウムを高蓄積する植物のもう一つの特徴は成長が速いことです。タケノコやアシタバが2012年に入っても基準値(1kgあたり100ベクレル)を超える場合があるのには驚きますが、多くのカリウムを必要とするためにセシウムを誤って取り込むのでしょう。またホウレン草やアシタバが、もともとカリウム量が多い葉野菜であることもセシウム量に関係するでしょう。土壌中にカリウムを多く施肥するとセシウムの吸収量が下がることがチェルノブイリ事故後の研究で知られています [4]。また金属がイオン化しやすい酸性土壌ではセシウムの吸収量が上がることも知られています [5]。ここから、お茶にセシウムが混入しやすい理由も理解できます。茶 (Camellia sinensis) はツバキ科(Cameliaceae)ですが、茶葉にはカリウムが多く含まれているし酸性土壌を好みます。また土壌からセシウムの溶出を促す効果のあるアンモニウム塩を肥料として多く施します。静岡県や神奈川県などの遠隔地において、福島原発事故後の春に出た新芽を乾燥させて作った一番茶が基準値(当時は1kgあたり500ベクレル)を超えたのはそのためでしょう。

カリウムと誤ってセシウムを取り込んでしまう仕組みは、植物だけでなく動物にも共通しているはずです。人体へのセシウム取り込みも、カリウムを基準に考えることができます。人体には体重の約 0.2% のカリウムが含まれていて、大人が一日に必要とするカリウム量は 2 g、普通に食事をすると 3g以上を摂取しています。カリウムは生野菜やお茶に多いので、摂取量の個人差は大きいでしょう。多くはそのまま通り抜けますが、体内に取り込まれたカリウムは大部分が尿中に排出されます。量にして 1 g/L 程度、体液に比較して10倍の濃度になります。そしてカリウムに挙動が似るセシウムも同じ経路をたどります。膀胱や尿管にセシウムが蓄積すると表現する人もいるようですが、むしろセシウムがカリウムと同様に排出されるのはありがたい事実です。

さて、カリウムには40Kという天然の放射性同位体があり、1 g あたり 30.4 ベクレルの放射線を出しています。放射線の種類は137Csと同じβ線とγ線で(セシウムのほうは崩壊してできるバリウムからγ線が出ます)、同じベクレル数の場合、人体への影響度はセシウムの半分ほどあります。当然ですが我々は40Kによる内部被曝を受けており、その被曝量は年間 0.3 ミリシーベルト程度と見積もられています。尿はカリウム濃度が高いので、膀胱や尿管は多く被曝します。現在の問題は、そこにセシウムによる被曝が加わったことです。 セシウムにおけるベクレル数から被曝量(シーベルト数)への換算式はあちこちで見かけますが、この換算には体内への吸収効率を一律に考えています入っていません [6]。例えば、137Csをカリウムが豊富な食事と一緒にとれば植物同様に取り込み率は下がるでしょうし、食べ過ぎの場合も吸収されずにそのまま通り抜ける部分が多いはずです(似た推察は食品のカロリー計算にも当てはまります。食事の間隔や組み合わせ、個人差によって吸収されるカロリーは異なります)。また、放射性セシウムの生物学的半減期は個人によって倍近くも異なります [7]。つまり、生活習慣が被曝量に大きく影響するのです。放射線が怖くて野菜をゆでこぼしたり肉を水に浸したり人がいるかもしれませんが、基本的に除去しているのはカリウムです。外出を避けている人がいるかもしれませんが、運動をしないと発汗によるカリウムの循環を遅らせます。どのような摂取形態が総被曝量を下げるのかはわかりません。しかし、もともとセシウムは吸収されにくい元素ですから、無闇に食事からカリウムを除いたり、循環を遅らせないほうが良いというのが私の考えです。

最近は放射線量を自主検査する動きが盛んです。しかし、正確な測定は大変難しいようです[8]。計測に必要な手間や時間を考えると、例えばスーパーマーケットが販売する生鮮品のベクレル量を自主検査するのは不可能に近いと思われます。それにも関わらず、信ぴょう性の低いデータを表示する店舗や闇雲に低い規制値を課する自治体を好意的に報道するマスメディアは多いように感じます。強い規制をするほど、生産者にじわじわと負担や犠牲を強いる点、質の高い国産品が廃棄され産業が衰退すれば復興がますます遅れる点にも気をつけるべきだと思います。

最後になりますが私は、研究者というコミュニティがより広い社会の縮図として機能することが重要だと考えています。放射線についても専門外だからといって話題を避けるのではなく、分野を踏まえつつ様々な議論をした結論を社会に発信できるコミュニティ作りを目指したいです。

参考文献
  • 1. Broadley MR, Willey NJ (1997) "Differences in root uptake of radiocaesium by 30 plant taxa" Environmental Pollution 97(1) 11-15
  • 2. Broadley MR, Willey NJ, Mead A (1999) "A method to assess taxonomic variation in shoot caesium concentration among flowering plants" Environ Pollut. 106(3):341-349
  • 3. 食品の放射能検査データ一覧は以下のサイトで検索できます。 Yasaikensa http://www.support-nippon.com/yasaikensa/
  • 4. RIARAE (1991) Russian Institute of Agricultural Radiology and Agroecology. In: Alexakhin RM, editor. Recommendations. Guide on agriculture administrating in areas subjected to contamination as a result of the accident at the Chernobyl NPP for 1991–1995. Moscow: State Commission of the USSR on food and purchases
  • 5. Alexakhin RM. (1993) Countermeasures in agricultural production as an effective means of mitigating the radiological consequences of the Chernobyl accident. Sci Total Environ 137:9–20
  • 6. 換算式は筆者のウェブサイトでも紹介しています。
  • 7. Uchiyama M (1978) Estimation of 137Cs Body Burden in Japanese II. The Biological Half-life J Rad Res 19(3), 246-261
  • 8. 2011年10月より岩波「科学」に毎月掲載されている小豆川氏(東京大学)の放射線計測のコラムを参考にしてください。
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